Seminar 3
全5回
- Seminar3 開催予定日時
8月10日(木)20:30-22:30
9月14日(木)20:30-22:30
11月9日(木)20:30-22:30
12月14日(木)20:30-22:30
2024年2月8日(木) 20:00-22:00
課題図書紹介
響きの科学
―名曲の秘密から絶対音感まで
ジョン・パウエル著
ISBN:978-4150504731
本書を課題図書とすることを音楽関係の友人に相談したところ、「この本で音楽への理解が深まる、ということ自体が驚きだ」という感想をもらった。なるほど本書には、名曲紹介も音楽史もない。音楽室の肖像画でおなじみの、かつら姿で満足げなバッハや、赤ら顔で危ない感じのベートーヴェン、そして、いかにも取扱注意なショパンも扱われていない。つまり、いわゆる音楽史を飾る作曲家も名曲も扱われていない。
それでは、本書に何が書かれているかというと、冒頭で著者は本書で知ることができるゴール7項目を、以下のように示している。
音楽の音と雑音とのちがいは何なのか。
短調とは何なのか。なぜ短調は悲しげに聞こえるのか。
なぜバイオリン10台の音の大きさが、1台の音の2倍しかないのか。
なぜクラリネットの音はフルートの音とちがうのか。
なぜ西洋の楽器は同一の音に調律されているのか。
なぜその音であって、他の音ではないのか。
ハーモニーとは何であり、どのように作用するのか。
つまり本書は、音楽文化ともいうべき対象を取り扱うのではなく、その文化がどのような客観的な原理に基づいて機能しているのか、という音楽を支える物理的な現象を主に扱っている。比喩的に言えば、「文学」ではなく、それを成立させる「文字」に焦点を当てているところに特徴があるといえるだろう。
しかし、音楽の専門家ならまだしも、素人である私たちにとって、「文字」に直接アプローチすることに、どれほどの意味があるのだろうか?むしろ「文学」を鑑賞することこそが優先すべきアプローチなのではないか、という批判があるかもしれない。
もちろん、そのどちらも大切であるということは間違いない。しかし、特に私たちが音楽素人だからこその強みが、本書のアプローチで発揮されるかもしれないという点に、本書を課題図書として選んだ動機の多くがあるということを、ここで明記しておきたい。簡単に言えば、一般的な音楽教育で扱われることのない内容だからこそ、いわゆる音楽の専門家と私たち素人を分けるハードルが取り払われ、ニッチだが「専門家」と肩を並べて音楽を語りうるような、機会を獲得できるかもしれないのだ。
一般に、音楽にしても美術にしても、いわゆる「感性」という概念が、人々を惹きつけるとともに、拒絶してきたように思われる。残念なことだが、いずれの分野においても、「感性」を理由にその美しく豊かな文化の扉を閉ざしたままにしている人が多いと、私には思える。加えて、「感性」は教育的効果の最も薄い領域だと考えられている。つまりそこには、「感性」を重視すればするほど「感性」は開けないという、パラドクスが成立してしまう。
それならばいっそ、アプローチを変えてみてはどうだろう。大文字の音楽という「感性」が幅を利かせる巨大な文化圏を一度離れ「音・響き」に注目し、物理学的・工学的な道から歩きはじめてみよう、と本書は勧めている。それは私たちにとっても、新しい「音楽」の世界を開く扉になるかもしれない。