Seminar 2

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課題図書紹介

人新世とは何か

―〈地球と人類の時代〉の思想史

クリストフ・ボヌイユ, ジャン=バティスト・フレソズ(著), 野坂しおり (訳)
ISBN: 978-4791770465

本書を知ったのは、日経新聞土曜版の書評欄(2019年12月14日)だったと記憶している。その日は土曜出勤で、早朝の空いた車中で座って読むことができた。のんびり新聞をめくるうち、鮮烈なカバー写真に引き寄せられた。それ以前、書評欄でこれほど心惹かれる画像との出会は無かった。それだけでも驚きだったが、読み始めようとして、さらに大きな衝撃を受けた。「人新世」、・・ひと・・しん・・せ?、いったいなんて読むんだ?もちろん、新聞記事で見知らぬ単語や概念に、初めて出会うことは珍しくない。それでも大抵は、分からないなりにも少しは想像がつく。しかし「人新世」という文字からは、面白いほど何も連想できない。そして、あまりに分からないという、清々しいまでの自らの無知との邂逅に魅了され、肝心の書評を読む前からアマゾンをポチった。なお、現在は「人新世」を冠する和書が多数見られ、一種の流行になっている。たった3年で隔世の感がある。

本書タイトルは「人新世とは何か」、サブタイトルには「〈地球と人類の時代〉の思想史」と書かれている。ちなみに原書は2013年にフランス語で出版され、タイトルとサブタイトルは「L' événement anthropocène:La Terre, l'histoire et nous」である。直訳すると、「人新世という出来事:地球、歴史そして私たち」となろう。そして驚くべきことに、この本は「人新世」を扱う単発の出版物ではなく、30冊からなる「人新世」シリーズ中の、1冊に過ぎないのである。フランスの環境問題へのコミットメント、恐るべし。

本書は、3部11章、そして短い「結論」で構成されている。読書を始めるにあたり、3部それぞれの役割をイメージしておくことが、よいガイドとなると思われる。第1部では、人新世という概念がどのように生まれ、どのようなゴールを目指すのか、という検討の概要が与えられる。第2部では、人新世に特徴的な、固有の視点や批判の方法が示され、その歴史学的な方法によって、第3部で具体的な検討が展開する。

躓きの石は、第1部後半から第2部にある。本書を手にするであろう多くの日本人は、環境問題に一定の関心があり、必要な教養を備えていることが予想される。そして私自身を含めたそのようなリベラルな前提が、ことごとくひっくり返えされる。「進歩」「発展」「持続可能性」「人間中心」、、、それらの熟語を見ると私たちは、文脈を丁寧に追うことを忘れて、発作的に肯定的反応をしてしまう。しかし、人新世とその思想は、まさにそのリベラルなバイアスを俎上に載せるのである。

人新世の思想は、私たちの社会や生活の根本にかかわる転換を要求している。そして、その思想を理解する、つまり本書を読み進めるプロセスにおいて、私たちの「進歩的な良識」を内側から突き崩し再構することが要求される。それゆえ、不安と苦労を伴うことになる読書体験を、孤独にではなく友人と共有することは、本書の意図を尊重し実践することの一助になると期待している。

第1回 2023/1/12

2回 2023/2/9

3回 2023/3/9

4回 2023/4/13

5回 2023/5/11

6回 2023/6/8